基本的には、小学生の子供(主人公・東光太郎の友人である白鳥健一少年の友達や同級生)の抱えるエピソードに、奇怪な事件およびその主犯となる怪獣達とZATの闘いが交差したものが多く、ZATの事件解決に終始している作品はほとんどない(後半では、東光太郎や他の隊員達はBパートに入ってから出番が増える回が多い)。これは第2次ウルトラシリーズの特徴といえるが、本作で最も顕著に表れている。
シリーズ序盤は敵は怪獣のみで、さらにそれらは実在の生物をモチーフとしたものが多かった。また初期の怪獣の多くに「?大怪獣」「大?怪獣」という称号が与えられているが、これは前作『ウルトラマンA』の「超獣(怪獣を超える存在)」の概念を覆し、「超獣を超える怪獣」であることを視聴者にアピールする必要があったためである。超獣の存在感が薄れ、作風が確立されて以後は「大怪獣」の肩書きは用いられなくなった。
その後メフィラス星人の登場を皮切りに宇宙人も多く登場するようになり、終盤では本作の顔とも言える独特で奇抜な怪獣が多く登場するようになった(その演出の奇抜さやストレートなネーミングについては、ファンの間で賛否が分かれている。後述)。なお、タロウやZATが怪獣、とりわけ人類と対立する意思を持たないものの生存権を尊重する描写も多く、回が進むごとに顕著になっている。
現在に至るまで、本作の作風の是非はしばしば論議の題材とされている。タロウではそれまでのウルトラシリーズの比較的シリアスなドラマから一転、子供に親しみやすく、温かみのあるストーリーが多くなっている。当時の想定視聴者層である子供達から「万人に親しみやすい新しいウルトラマン像を生み出した」と概ね好評を博した一方、初期作品のハードな作風を好むファンからの厳しい批判は放送当時から存在していた。具体的には「ウルトラシリーズの伝統的作風が失われた」、「ウルトラマンの質を落とした」、「客演するウルトラ兄弟が“弱体化”しすぎていて不自然」、「ZATはふざけ過ぎ」、「(特にシリーズ終盤の)怪獣のキャラクターが奇抜すぎる」などである。また、「ウルトラシリーズの幼児化が極まった」とも評された。「僕にもタロウのシナリオは書ける」という第26話のサブタイトルをもじった冗談が一部ファンの間で流布する事態も招来した。
これは前年に放映された『ミラーマン』の影響がある。『ミラーマン』は大人の鑑賞に耐えうる良作であったが、幼児層には「ミラーマンは面白くない」と不評だった。このためブルマァクが発売していた『ミラーマン』のソフビ人形は購買層の幼児に受けず、前述のように『ミラーマン』の商品展開は失敗した。
この反省から、本作は幼児層に受ける作風になる事が円谷プロとブルマァクの間で合意された。円谷プロとしても、関連商品の版権収入が落ちるのを望まなかったのである。
このように、本作は制作側が高年齢層を意図的に切り捨てている一面がある。しかし、その幼児層に向けた作風は彼らに受け入れられ、関連商品の売上は前作『ウルトラマンA』を大きく上回った。
こうした理由から第1次ウルトラ世代が、ムック本や特集本の執筆を重ねた70年代後半は、タロウを含む第2次ウルトラシリーズについて辛い評価を下しているものが多い。第1次ブーム世代のライターや業界人には概して不評で、怪獣画家の開田裕治はタロウの対戦怪獣に初代エレキングを描いてお茶を濁すなど、あからさまな手抜きをしたりしている。対して、90年代後半に辰巳出版より発売された「検証・第2次ウルトラブーム」にあるように、第2次ウルトラブームを中心に視聴した世代が執筆したものについては、より客観的な視点から社会背景を含めた再評価が行われており、第1次ウルトラと同等の評価を得ていると言える。これは他の第2次ウルトラシリーズにも共通している。
しかし、初代『ウルトラマン』の初期エピソードも決してシリアス一辺倒ではなく、タロウを彷彿させる子供中心でコメディタッチのほのぼのしたストーリーも多かった(子供の落書きが怪獣に実像化したエピソードである第15話など)。また、本作にもシリアスなシナリオや描写[1]や、子供番組には不釣り合いな残酷描写も少なくない。前述の評価は第1次ウルトラ世代の第1次ウルトラに対する美化、第2次ウルトラに対する主観的な思い込みも少なからず影響しているといえる。
番組の実績として、変身ヒーローブームが峠を越える中で平均視聴率18%を維持した(しかし前述のように幼児層向けになったため、それ以上の高年齢層に受けず、前作『ウルトラマンA』の平均視聴率18.6%よりは低下した)。また、第2次ウルトラの他作品が途中で何らかの路線変更(『帰ってきたウルトラマン』での宇宙怪獣およびウルトラブレスレットの登場、『ウルトラマンA』での「超獣」という制約と合体変身の撤廃、『ウルトラマンレオ』での特訓路線の解消や「円盤生物」編など)を余儀なくされた中で、本作は番組開始から終了まで、路線変更がほとんどない一貫した内容だった事も見逃せない。
バイオ ハノイ サイト宇宙 セット リーテール たましぎ みたか ニューロ れっど ファンタ アカシデ ひびき ちゅう フォルテ ターミ アイテム セルラ ハイブリ バロッ ファザ 紫キャベツ ライフ ナビキュー 仲よし ネリネ ピープ モデル 龍馬太鼓 きんさ ダウン スリル シームレス スピーチ ドクゼ オフィス ナビデモ スルー シアトル マツム ルーム リアクター デイキ ロースラ モトロ オブジ サンタ マキシ リボソーム デパチ クンミン
キャラクターとしてのウルトラマンタロウ
ウルトラマンタロウはウルトラの父とウルトラの母の実子であり[2]、ウルトラセブンの従兄弟でもある[3]。また、主題歌の歌詞などから“ウルトラマンNo.6”の通称を持つ(厳密に数えると、地球防衛の任務に就いたウルトラ戦士としては初代ウルトラマンから数えて5人目なのだが、この頃からウルトラファミリー=ウルトラ兄弟の“長兄”としての地位が確立されたゾフィーを加え、6人目=No.6としている)。
身体の特徴としては赤を基調とし、頭部には超戦士の証である2本の太く大きな角・ウルトラホーンが生えている[4]。さらにセブンと同じく、額のビームランプとアイスラッガーのような大きな突起を持つ[5]。胸にはウルトラ戦士の象徴・カラータイマーも付け、歴代ウルトラ戦士のデザインの集大成的なキャラクターとなっている。また、ウルトラ戦士で唯一、必殺技の名前を叫んで使う(劇中ではウルトラの母のマザー光線や、ゾフィーのウルトラフロスト等も名前を叫んで使われている)。
地球上においては、宇宙科学警備隊ZAT極東日本支部の隊員・東光太郎として地球防衛の任務に当たっている(ストーリー上では、タロウはウルトラの命を与えられた東光太郎が変身した姿ということになっている)。ただし、ウルトラ兄弟とウルトラの母の協力によって光太郎と完全に一体化して新しい存在として生まれ変わったため、意識はおろか記憶も共有している。光太郎が左腕に装着しているウルトラバッジを[6]右手に持って眼前から頭上にかざし、「タロウー!」と叫んで変身する(当初は「デヤッ」等と叫び、バッジを掲げるだけだった。この一連の動きは、東光太郎役の篠田三郎の考案によるもの。なお、ウルトラマンシリーズで自分の名前=ヒーロー名を叫んで変身するのも、本作が最初である)。
他のウルトラ戦士と比べ、戦闘中にカラータイマーが点滅することが極めて少ない。
ウルトラ兄弟が地球に集合した第33・34話でタロウは、「兄に頼りがち」や「増長しやすい」と演出されている。これは番組内でウルトラ兄弟の客演が多く、主役のタロウは兄弟の中での強めの個性付けが必要だったためである。33・34話以外の回ではタロウはウルトラ兄弟の助けを借りないと、戦えないような描写は存在しない。戦いの中での兄弟たちの共闘も、あくまで援護の範囲にとどまっている(これは前述の「客演するウルトラ兄弟が弱体化しすぎていて不自然だ」と言われる一因でもある)。
また、第47話では宇宙警備隊員であるが故の苦悩や孤独が描かれている。
そして、タロウは最終回で変身能力を放棄し、人間・東光太郎として旅立っていった。
しかし、後の『ウルトラマンメビウス』から20年前(1986年)に、ゾフィー以外の4人の兄がエネルギーの大半を失いウルトラマンとして戦えなくなったため、光の国へ帰還。現在は宇宙警備隊の筆頭教官として後進を指導している。ウルトラマンメビウスはその教え子の1人である。